研究室について
私たちの研究室では、難治性の血液がんと固形がん、重症ウイルス感染症に対する遺伝子免疫細胞療法について研究しています。特にiPSC技術を用いる遺伝子免疫細胞療法を中心に研究開発を進めています。iPSC技術を用いるメリットは、疲弊したT細胞を若返らせるので、もとのT細胞より強力な抗腫瘍効果が期待できること、遺伝子導入やゲノム編集が容易であること、そして何よりもバンク化してストックできるためいつでも十分量の治療用T細胞を確保できることです。
この技術を応用して、画期的で有効な治療を多くの方に提供できることを目標に研究開発を進めています。
1. 難治性EBウイルス関連リンパ腫に対するiPSC由来EBウイルス特異的CTL療法
抗原特異的細胞傷害性T細胞(CTL)は私たちの体内でウイルス感染細胞やがん細胞を発見し攻撃する免疫応答の重要な役割を担っています。
CTLを体外で増幅し再び患者体内に戻すCTL療法は一部のがんにおいては寛解を得ることができると報告されていますが、多くのがんにおいては期待した効果が得られないのが問題です。
がん患者のCTLは慢性的に抗原に暴露されるので、CTLが疲弊してしまうためです。この問題を解決するために2013年に共同研究者である東京大学医科学研究所幹細胞治療部門(現在は東京医科歯科大学高等研究院幹細胞治療研究室)中内啓光教授らはiPSC技術を用いてCTLを機能的に若返らせる技術開発に初めて成功しました1。
当時iPSC由来CTLが実際に抗腫瘍効果を持つか証明されていなかったので、東大医科研中内研でマウスモデルを作成し、iPSC由来EBウイルス特異的CTLがEBウイルス感染腫瘍を縮小できることを証明し報告しました2。その結果をもとに、2017年に東大医科研より順天堂大学に移動して安藤研究室を立ち上げ、節外性NK/T細胞リンパ腫, 鼻型など難治性のEBウイルス関連リンパ腫に対するiPSC由来EBウイルス特異的CTL療法の臨床応用を目指し、多くのドナーさんの協力を得て前臨床試験を行いました3。前臨床試験ではその高い有効性を確認し、また臨床用細胞の製造法を確立しました。現在は米国企業の支援も受け、学内のセルプロセッシングセンターで臨床用細胞を作製しながら医師主導治験の準備を進めております。
1) Nishimura T, Kaneko S, Kawana-Tachikawa A, et al. Generation of rejuvenated antigen-specific T cells by reprogramming to pluripotency and redifferentiation. Cell Stem Cell. 2013;12:114-126.
2) Ando M, Nishimura T, Yamazaki S, et al. A safeguard system for induced pluripotent stem cell-derived rejuvenated T cell therapy. Stem Cell Reports. 2015;5:597-608.
3) Ando M, Ando J, Yamazaki S, et al. Long-term eradication of extranodal natural killer/T-cell lymphoma, nasal type, by induced pluripotent stem cell-derived Epstein-Barr virus-specific rejuvenated T cells in vivo. Haematologica. 2020;105:796-807.
2. 子宮頸がんに対するiPSC由来持続可能な CTL療法の開発
子宮頸がんはヒトパピローマウイルス感染が原因で発症します。我が国では現在ワクチン接種率が0.6%まで低迷しているので、今後子宮頸がん患者が急増することが懸念されています。子宮頸がんは妊娠、出産、子育てをする若い世代で罹患すると特に進行が早いため、マザーキラーとも呼ばれる病気です。大切な女性の命を守るための対策が必要です。
私たちはヒトパピローマウイルス特異的CTLをiPSC技術により若返らせ、増殖力と抗腫瘍効果を高めることに成功しています4。しかし、患者自身からこのようなCTLを作製するのは難しく、時間もかかるので、最新のゲノム編集技術を用いて健常人ドナーから多くの患者さんに迅速に投与可能な“off-the-shelf”CTLを作製しています。具体的には、抗原特異的CTLをクローニング後、iPS細胞を樹立して、その後CRISPR/Cas9技術を用いてiPS細胞のHLAクラスI抗原をゲノム編集しています。このiPS細胞からCTLを分化誘導することにより、高い抗腫瘍効果を保持しながら、患者さんの免疫細胞に拒絶されないCTLの作製が可能であることを証明しました。2018年よりAMED再生医療実現化ネットワーク(技術開発個別課題)、2021年よりAMED再生医療実用化研究事業の支援を受けながら研究開発を着実に進めています。医師主導臨床研究の早期開始を目指し、子宮頸がんで苦しむ多くの女性に新規治療を届けられるよう、日々努力しています。
4) Honda T, Ando M, Ando J, et al. Sustainable tumor-suppressive effect of iPSC-derived rejuvenated T cells targeting cervical cancers. Molecular Therapy 2020; 28: 2394-2405.
3. 次世代キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)療法の開発
CAR-T療法は非常に有望な遺伝子改変T細胞療法です。実際に私達は実臨床でもCD19抗原を標的にしたCD19-CAR-T療法、BCMA抗原を標的にしたBCMA-CAR-T療法などを用い、多くの難治性血液がんの患者さんに、積極的に治療を行っております。しかしCAR-Tの疲弊、製造不良のリスク軽減、作製期間の短縮、再発リスクの軽減など、改善したい課題があります。私たちはこのような問題に取り組み、従来のCAR-T療法に比較してより効果の高い、次世代CAR-T療法の開発を目指しています。前臨床試験で生体内での耐久性に優れていると既に証明したEBウイルスLMP2抗原に対するiPSC由来CTLにCARを搭載することで、CARとTCRの2つの受容体で2抗原を同時に認識して攻撃できる、2抗原受容体T細胞療法の開発に成功しました5。この技術を用いて、多くの再発難治性がんを対象に次世代CAR-T療法の研究を進めています。また、安全性を確保するために、副作用発現時には症状消失できるよう、細胞死誘導システムであるiCaspase9安全システムを導入しているのも優れた特徴のひとつです。
5) Harada S, Ando M, Ando J, et al. Dual-antigen targeted iPSC-derived chimeric antigen. receptor-T cell therapy for refractory lymphoma. Molecular Therapy. 2022;30:534-549.
4. 実臨床におけるCAR-T療法の研究
順天堂大学医学部附属順天堂医院は、2020年2月27日に再発または難治性の白血病とリンパ腫の新たな治療薬であるCAR-T療法「キムリア」の提供可能施設として施設認定されました。更に2022年には多発性骨髄腫のCAR-T療法である「カービクティ」の認定施設となりました。CAR-T細胞の準備には、再生医療等安全性確保法に基づき製造管理・品質管理を行うセルプロセシングセンター(CPC)や合併症の管理を行う集中治療室等が必要であり、また施設には様々な体制や書類の整備も求められ、認定された施設のみで投与が可能です。
CAR-T療法後はCAR-T外来で経過観察しながら、血液中のCAR-Tをモニターしながら、CAR-T細胞のフェノタイプ解析などを経時的に行っております。
私たちは研究の経験と知識を実臨床に最大限活かし、同時に臨床データも解析してまた診療に還元することで、今後のより良い医療に繋げることを常に目指しています。
この他にも血液腫瘍のゲノム解析、シングルセルRNAシークエンス解析などを用いることにより、病態解明、新たな治療法開発のために幅広い研究を行っています。
多くの大学院生、博士研究員が熱心に研究を行っておりますのでご興味のある方は、見学にいらしてください。